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労働の意味は山崎パン工場の深夜バイトで学んだ

労働の意味は山崎パン工場の深夜バイトで学んだ

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かつて私が経験した山崎パン工場の深夜バイトの話をお伝えします。

金欠になってしまった新入学生時代

90年代中頃、大学入試を突破して、私はすぐ大学が用意する寮に入りました。入学した一橋大学の寮費は月額5000円。これは水道光熱費がコミコミでした。むさい男子学生4人の1部屋でありプライバシーは皆無でしたが、大変に安価であり貧乏学生であった私にはうってうけでありました。

大学に入学して驚いたことは使うお金の桁が跳ね上がったことでした。高校生までは10円、100円が支出の単位だったのですが、大学生になると教科書は高いし、さらに学外のコンパに出れば2000円、3000円はすぐに飛んでいきました。

新入生はコンパの費用はタダということも多かったのですが、新入生同士でコンパに出れば支払いが発生します。ソーシャルな活動費用がどんどんかさみました。入学してそんな調子で消費していたらすぐに私の貯金は尽きてしまったのです。

山崎パン工場のアルバイト勧誘

私の住んでいた大学の寮に、しばしば山崎パンのひとがパンを配りにきていました。配られるパンはなんと無料! 「山崎パンの方がパンを持ってきました」という寮内放送が流れるとパンが飛ぶように寮生に持っていかれました。「無料でパンが貰えるなんて、大学生は実に特権的な身分だな」とおもっていたら、寮の先輩が

「あれは山崎パンの深夜の工場バイトの勧誘だよ」

と言いました。そして山崎パンの工場バイトは「ヤマパン」と呼ばれ、金のなくなった一橋大生の緊急避難的な稼ぎ場所として知られていると教えてくれました。

山崎パン工場での労働条件

「ヤマパン」の労働条件は午後5時から朝の6時まででした。途中1時間の休憩がありました。バイト料は当時1万2000円。貧乏学生だった私は大変大きな金額に映りました。

度重なるコンパでいよいよ金欠になった私は山崎パン工場の深夜バイトに行くことにしました。工場で働くことは生まれて初めてのことです。

山崎製パンの武蔵野工場は新青梅街道沿いにありました。私は大学の寮から工場まで自転車に乗っていきました。

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武蔵野工場の人事部に行くとその日の深夜アルバイターたちが集まっていました。そのなかには大学のクラスメイトのK君が偶然いました。K君は経済学部の学生で、岩手県の盛岡第一高等学校出身でした。

「やぁ、君もか」と私は挨拶をしました。

「うん。金がなくてね」とK君は首をすくめました。

山崎パン工場では「ランチパック」のラインについた

工場でのバイトが始まりました。私は白い服に着替え、巨大な武蔵野工場の中を歩き、「ランチパック ピーナッツ」のベルトコンベヤーに配属されました。このベルトコンベヤーは2名で構成されており、上流には私よりも年上のAさんがいました。おそらく工場勤務経験が長い人でした。私は下流につきました。

Aさんは「初めてか?」とぽつりと聞きました。私はそうだと答えるとAさんは「よろしくな」と短く言って仕事の説明をしてくれました。

私の仕事はとても単純なものでした。ベルトコンベヤーは直線2本が「く」の字に配置されていました。最初のベルトコンベヤーでは機械で製造されたパンをAさんが受け止めベルトに流します。私は、その流れてきたパン2個を同時に両手でつかんで、もうひとつのベルトコンベヤーに並べるよう指示されました。私が並べたパンはラインの終端でビニール包装されていくという作業でした。

私は「なんだ。実に単純だな。パンを右から左へ流すだけか」と思いました。

ベルトコンベヤーでの単純反復作業

ライン作業が始まりました。流れてきたパンを別のベルトコンベヤーに移動する。20秒に1度くらい、1分間で3回ぐらいの割合での反復作業でした。

作業を開始して30分もしないうちに私はだんだんと飽きてきました。飽きないように、私は心の中で歌を歌って作業を続けました。しかしその歌も何度もリピートしているうちにそれも飽きてしまいました。

ライン作業はひたすら同じ作業を繰り返すというものです。右から流れてきたパンをつかんで、左へ流す。1時間、2時間、3時間・・・。ひたすら反復作業を続けました。だんだんと脳の思考が低下していく気がしました。

ベルトコンベヤー上流のAさんは座っての作業でした。私は立っての作業でしたので、ちょっとうらやましいと思いましたが、「アルバイトの身なれば仕方がない」と思い、我慢しました。私は心の中で違う歌を歌って、ひたすら作業を続けました。

アルバイト:深夜の休憩時間

夜11時55分、休憩5分前になりました。Aさんが「もう休憩に行ってもいいよ」と告げました。初めてのアルバイトであることを考慮してくれて、言ってくれたのかもしれません。私は脱兎のごとく、一目散に食堂に向かいました。

食堂では和食の定食が無料で提供されていました。パンも無料でしたが、パンに手をつけているひとはあまりいなく、定食を食べている人が多かったのを覚えています。

アルバイトを開始するまえは「山崎のパンをたくさん食べられて、お得だな!」と考えていたのですが、じっさいのところはパンは製造される製品であり、まったく食欲がそそられませんでした。

私が食堂でご飯を食べているとK君がやってきました。

「よう。調子はどう?」

「きついね」私は応えました。

「そうだな。なかなかきついな」K君がつぶやきました。

「僕はランチパックを作っているんだ。君は?」

「食パンを作っている」

お互い疲労が目に浮かんでいたので、ことば数が少なめでした。

ミスを発生してしまった・・・

休憩1時間が終わり、午前1時。アルバイトの再開です。

私はふたたびベルトコンベヤーにつき、ランチパックをラインに移動する作業を再開しました。

あるときAさんがベルトコンベヤーを止め、ラップされたランチパックの包装を破きだしました。

「キミ、よく見てくれ。ランチパックには上と横があるんだ。正方形ではないんだ。やり直しだね」

Aさんは決して攻めるように私に言うのではありませんでした。ラップされた大量のランチパックを1つずつ手にして選別し、私が上と横をミスしたものをつぎつぎに破いていきました。私は自分の不甲斐なさを感じました。

午前3時頃、私は食パン「ダブルソフト」の移動を命じられました。「ダブルソフト」は山崎パンのソフト食パンの代名詞であり、主力商品の1つです。この食パンを工場内で移動する仕事でした。

「ダブルソフト」は暑い部屋のなかにありました。段々になっているカートに「ダブルソフト」は大量に積まれており、私は暑い部屋から別の部屋に移動しました。これを何度か繰り返しました。

私は元来、熱に弱い体質です。この運ぶ仕事を終えた後、熱の暑さのため、胸からお腹周りがじんましんで真っ赤になってしまいました。

「ダブルソフト」の移動の仕事が終わり、ふたたび「ランチパック」のベルトコンベヤーに戻りました。ベルトコンベヤーでの仕事は変わらず、パンを右から左へ流すものでした。

深夜バイトの疲労がピークに

深夜4時頃、キツさがピークに達しました。このバイトを始めるまえに、寮の先輩から「キツくて逃げ出したものがいるそうだよ」と聞いていたのですが、その気持ちがよくわかりました。

「ここで逃げるのは簡単だけど、やり遂げなければならぬ」と決め込み、ひたすらベルトコンベヤーの反復作業に耐えました。

終業時間の午前6時になり、バイトから解放されました。工場の敷地から出たとき朝焼けが眩しかったのをいまでもよく覚えています。

自転車に乗って大学の寮に帰り、ベッドに倒れ込み泥のように眠りました。がんばった充足感を感じながら・・・。

後日、アルバイトの賃金が私の銀行口座に振り込まれました。

山崎パン工場の深夜バイトで学んだたくさんのこと

山崎パンの深夜の工場バイトを経験して、私はたくさんのことを学びました。私たちは小学校から高校までの社会の時間で、労働だとか工場、ベルトコンベヤーなどのことばを勉強するわけですが、それらは言ってみれば単なる抽象語にすぎません。

社会見学の時間に工場見学をして、ベルトコンベヤーの「ロボットによるオートメーション」などを勉強することもあります。しかし、ベルトコンベヤーは見るのとやるのとではまったく違います。

どんどんと流れてくるベルトコンベヤーに追いつくのにライン工は必死です。見てるだけでは全くわかりません。ベルトコンベヤーで汗をかきながら作業をするとはどういうことか、そして工場で働くとはどういう意味かを、おぼろげながら幼い大学1年生に教えてくれたのが山崎パン武蔵野工場でした。山崎パンにはとても感謝しています。

後日、工業簿記を私は勉強しました。工業簿記では製品を製造する際の原価を学びます。原価は材料費・労務費・経費に分けられ、さらに製品の関連により直接費と間接費に分かれます。このように製造原価がきまり、さらに経理や人事のおばちゃんたちなどの費用、販売費・一般管理費があり、さらに販売利益があって、売価が計算されます。

工業簿記の抽象的な語句を、私はすべて山崎パンの工場バイトでの経験に置き換えながら勉強していったものでした。直接工とは私とおなじベルトコンベヤーにいたAさんのことであり、直接材料とは大量のピーナッツクリームのことであり、工場とは甘いパンの香りにつつまれた現場のことであると、工業簿記のテキストを読みながら頭の中で抽象と具象をいったりきたりさせました。すべてアルバイトをした経験のおかげです。

いま私たちの身の回りにあるコンビニエンスストアやスーパーマーケットにいけば「ランチパック」がまるで当たり前であるかのように綺麗に陳列されています。この「ランチパック」はけっして魔法のようにできるわけではありません。大掛かりな工場の製造装置があり、ライン工の長時間の単純労働のうえに成り立っているものだとわかりました。そして工員が足りないときはアルバイトの勧誘があったのです。

アルバイトをしよう!

私はこの深夜の工場アルバイトを経験して20年近くたちますが、いまだ工場で経験したたくさんのことを思い出します。山崎パンの深夜の工場バイトを経験して本当によかったと思います。

労働・仕事は、私たちに大きな意味を持っています。労働・仕事を通じて、人間らしさを発揮すること。生き生きと働くこと。それが、人生をより輝かせ、充実させるものだと私は実感しています。山崎パンの深夜の工場バイトできついながらも働け、そして1万2000円もらえた経験は私にとって大きな財産になっています。

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